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日本製紙、熊本地震被災の八代工場で紙・パルプ事業終了を発表

記事「日本製紙、熊本地震被災の八代工場で紙・パルプ事業終了を発表」の要点図解。八代工場の紙・パルプ事業終了の決定、八代工場の歴史と従業員の雇用確保策、業績への影響と経営者のコメントを整理。 時事

この記事の要点

日本製紙は2026年11月6日、熊本地震で甚大な被害を受けた八代工場(熊本県八代市)における新聞用紙やコピー用紙、製紙用パルプの生産再開を断念し、紙・パルプ事業を終了すると発表しました。設備や建屋の損傷が大きく復旧が困難と判断したためで、工場は維持しつつ新たな事業の可能性を検討します。約400人の従業員は他工場への異動などで雇用確保に努める方針です。2027年3月期の連結純損益は400億円の赤字見込みとなっています。 [1] [2] [3]

八代工場の紙・パルプ事業終了の決定

日本製紙は2026年11月6日、熊本地震で被災した八代工場(熊本県八代市)において、新聞用紙やコピー用紙、製紙用パルプの生産再開を断念し、紙・パルプ事業の生産を終了すると発表しました。設備や建屋の損傷が甚大で、多額の費用と時間が必要なため復旧は困難と判断されました。家庭紙事業の建設工事も停止し、事業性の再検討を進める方針です。工場自体は維持し、新たな事業の可能性を模索します。約400人の従業員は他工場への異動などでグループ内の雇用確保に努めるとしています。 [1] [4]

この決定は、7月の熊本地震による被害調査の結果を踏まえたもので、工場内の広範囲にわたる甚大な損傷が確認されました。日本製紙の瀬邊明社長は記者会見で、元の状態に戻す形での復旧は極めて難しいと述べ、紙・パルプ事業の終了は重い決断であると語りました。家庭紙事業についても、建設スケジュールや事業性を今年度中に再検討することを明らかにしました。今後は木質資源のサプライチェーンや国産材の活用など、新たな事業展開の可能性を協業パートナーとともに検討していく方針です。 [4] [2]

八代工場の歴史と従業員の雇用確保策

八代工場は1924年に設立され、日本製紙にとって九州唯一の工場であり、九州で新聞用紙を生産していた唯一の拠点でした。100年以上の歴史を持つこの工場は、地域にとって重要な存在でしたが、熊本地震による被害で操業を休止していました。被災前は新聞やコピー用紙の生産を段階的に終了し、2028年からトイレットペーパーなどの家庭向け製品の生産に切り替える計画が進められていました。新たな生産ラインの建設工事も進行中でしたが、今回の決定により停止され、計画の再検討が必要となりました。 [1] [4]

約400人の従業員については、他工場への異動や配置転換を通じてグループ内での雇用確保に努める方針です。従業員の希望を確認しながら適切な配置を進めることが明らかにされており、工場の事業終了に伴う雇用の維持に注力しています。工場自体は維持しつつ、新たな事業の可能性を検討することで地域との関係を継続していく意向も示されています。これにより、地域経済への影響を最小限に抑える努力が続けられています。 [1] [4]

業績への影響と経営者のコメント

日本製紙は2027年3月期の連結純損益予想を400億円の赤字に修正しました。これは熊本地震による八代工場の被災に伴う特別損失151億円や、ND P社の工場事故関連の災害損失約110億円を含むものです。前期は117億円の黒字であったため、今回の損失は経営に大きな影響を与えています。売上高は1兆2200億円、営業損失は50億円、経常損失は130億円と見込まれています。保険金約30億円は特別利益として計上予定です。 [1] [3]

日本製紙の瀬邊明社長は、八代工場の紙・パルプ事業終了について「100年以上の歴史を持つ工場での決断は非常に重い」と述べました。今回の決定は企業としても苦渋の選択であり、地域社会や従業員に対する責任を重く受け止めていることを強調しています。今後は新たな事業展開を模索し、地域との共生を図る姿勢を示しています。業績面では厳しい状況が続くものの、持続可能な経営を目指す方針です。 [2]

出典・参考資料

対象報道日: 2026-11-06(日本時間)

情報確認日時:

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